書籍 ニサルガダッタ・マハラジ

マハラジ|「私」と「私のもの」は偽りの観念だ|私は在る

投稿日:2017年6月13日 更新日:


マハラジの言葉は、難解で理解しがたい印象を皆さん受けるようです。この章での話は、比較的とっつきやすい一般的な質問(真我に至るには?といった覚醒そのものについての質問でないという意味)だと思います。

『私は在る-I AM THAT-』から早速ご紹介します。

質問者

私は家族と所有物に対してたいへんな執着があります。この執着をどのようにして克服すればいいのでしょうか?

 

マハラジ

この執着は、「私」と「私のもの」という感覚とともに生まれたものだ。

これらの言葉のもつ本当の意味を見いだしなさい。

そうすれば、すべての束縛から自由になるだろう。

 

あなたは時間のなかに広がるマインドをもっている。

つぎつぎとあらゆることがあなたに起こり、そしてその記憶が残る。それには何の誤りもない。

ただ、すべての有機的生命にとって本質である過去の苦痛や快楽の記憶が、ひとつの反射的作用、支配的行動として残るとき問題が起こるのだ。

この反射作用が「私」という形を取り、身体とマインドをいつも快楽の追求、苦痛からの逃避という目的のために使うのだ。

 

あなたが「私」を、ひと塊(かたまり)の欲望と恐れとして、

「私のもの」を、苦痛を避け快楽を確保するためにものごとや人びとを抱擁するものとしてあるがままに認識したとき、

「私」と「私のもの」は、実在のなかに何の基盤ももたない偽りの観念だということが理解できるだろう。

マインドによってつくられながらも、マインドがそれらを真実だと見なすかぎり、それはそのつくり出した者を支配する

 

それが疑われた瞬間、それらは消え去るのだ。

 

「私」と「私のもの」は、それ自体では存在をもたないため、身体という支えを必要とする。身体がそれらの身元の証明になるのだ。

あなたが「私の」夫や「私の」子供と言うとき、身体にとっての夫、身体にとっての子供を意味している。

自分が身体だという観念を捨て去り、「私とは誰なのか?」という質問に直面しなさい。

即座に実在を呼び戻す動きのプロセスがはじまる、というよりも、そのプロセスがマインドを実在へと連れて行くだろう。

ただ、恐れてはならないのだ。

 

質問者

何を怖れるというのでしょうか?

 

マハラジ

実在があるためには、「私」と「私のもの」という観念は去らなければならない。あなたが手放しさえすれば、それらは去るだろう。

そうすれば、あなたは正常で自然な状態はふたたび現れる。

そのとき、あなたは身体でもマインドでもなく、「私」でも「私のもの」でもない、まったく異なった存在の状態でも在るのだ。

それは、あれやこれやとしての存在ではなく、特定の、あるいは一般的な何かとの自己同一化のない、純粋な存在の気づきだ。

意識の純粋な光のなかには何も存在しない。無という概念さえない。そこには光があるだけだ。

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アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話

アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話 スダカール・S. ディクシット 編集 P.404〜405 より抜粋 2005年6月初版発行 ナチュラルスピリット ISBN4-931449-70-0 C0010

 

 


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